カメだって全速力

運転の面白さに気がついてしまったシュフの、クルマと日常とスクールでの出来事を綴ります。

スクールだけど遊び場〜ユイレーシングスクールに参加を続けるワケ・その2〜

 その1からの続きになります。

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スクール10回の参加を経て、1番自分にとって財産になったのは、

「なぜ、その操作なのか」「なぜ、そうでなければならないのか」

ということを理解しようとすることが全てにつながり、操作において尺度を作ることができる実感です。自分の物差し(尺度)を持てるから、コースが変わっても、どんなときでもそれを使っていろんなことを判断できます。

その物差しを使えば、車のセッティングを確認することもできるだろうと期待しています。(私は自分で車をいじれるほどの環境も体力もありませんが、心強いお店に必要以上の迷惑をかけずに、自分にとって必要なことをしてもらえるという期待感を持っています)

 まだまだ小さくて測れるものがすくない物差しですが、「操作」がクルマ趣味の物差しづくりへの近道になると実感しています。小さな物差しは、まだこれからも時々修正を加えていかなければなりませんが、経験を積めば大きく育ってくれるはず。

 それと、ここまで参加を続け、まだ先を見ているのは、自分にとってユイは、スクールでもありますが「遊び場」でもあるからです。

遊びに行っています。

めちゃくちゃ真剣に遊んでいます。

でも命を賭けることはできないので、必死で考えた上で向上心をもって遊びたいです。

最初、遊びに行っているのに、陰で泣いてたのは多分私だけです。

みんな笑顔、みんなクルマと運転が大好き。

それを見ていて、なんとかその端くれにしがみつきたくて、それまでも本を読んだりしていましたが、そこに公表してあるのだから読まねば損と、ユイのMedia infoの過去のメルマガを読み漁り、自分の車を調べ上げ、指摘されたことは「なぜ」に自分が納得行くまで考えました。

操作の「なぜこうするべきか」を理解して練習していくことで、今までどれだけ本で読んでも分からなかったことが少しずつ分かってきます。

 時々、自分が必死こいて、わかった!

って思っていることを、夫に話してみると、知ってて当たり前のことだったりもするんですが…。

 

 

「ジムラッセル」(シニアインストラクターがアメリカで講師の一員をしていたスクールの名)と検索をかけると、ルノー・ジャポン トムヨシダのブログ 第116回がどこかに上がって来ていると思います。(トムヨシダ氏がユイレーシングスクールの主催者でシニアインストラクターです)

  以前、ジムラッセルがどういうスクールなのかまったく分からなかったので、ネットで検索をかけていて、偶然第116回を見つけて読みました。

 私が、一人ひとりが物差しを持てる、と思う理由がそこに書かれています。

 私は日本から出たことはありませんが、講師の書かれているブログや、ユイのサイトのmedia infoにある過去のメルマガのバックナンバーを読んでいくと、アメリカはどういうところなのかをふと想像したり、筆者が、日本の文化の中で、限られた条件の中で、日本人にどうやって運転を教えるかを、一生懸命考えてこられたんだと、私は感じました。

そして、私自身は、通っているうちに、自立や自己責任の良い面を学んでいるような気もします。

 

 

また別の機会に、オーバーテイクのことで書こうと思うのですが、自分の中に走り始めたときからずっと残っていた、

「ふつーのクルマでサーキットを走るのは無理なことなのか?」という疑問に、最近自分なりに答えが出ました。

 

 私にはポテンシャルアップの費用は殆どありません。

ポテンシャルアップもクルマ替えも、やってみたいと思うこともありますが、当分できません。だから、そこ(ふつーの車で大丈夫?)を自分なりに納得したい。

 

 本当は、考える必要のないことかもしれません。

車の改造度がないことをを走行不可の条件にするサーキットはまだみたことがありません。それよりも過剰改造や安全性軽視、整備不良が走行不可の条件になっています。

 

 しかし、「いじってないと走れない、おもしろくない」そういう心情はそこかしこで耳にします。逆に、いじってあることを揶揄する話も耳にしたことがあります。

私はどちらにも両手を上げて賛成の気持ちにはなれず、なんだか、両方車が好きなことには変わりがないのに寂しいなあと思い、両方の真意を汲み取ろうと話を聞く、もしくは聞き耳を立てていました。

また別の機会に書くかもしれませんし、正直書くのを迷うのですが、大きなサーキットがキライになる(コース自体は素晴らしくてまた走りたいコースです)様な出来事もありました。

だから、今後の為に、自分にとってはそれを納得することが、すごく重要だったのです。

  そして、サーキット行くほどのお金はないから公道で…はしない。と心に決める出来事が2年程前にありました。事故や公道スピンではありませんし、出来事自体は、多分誰にも詳しく話したことはありません。

そう考えるようになった理由も、ユイに参加する中で確信に変わりました。

 

(敢えて付け加えると、クルマのポテンシャルアップをみんな否定するのではありません。

普通の車で走ろうとすると、走ってもいいではないか、と公言すると、

ポテンシャルアップ否定の主張の様に取られているのでは、という不安を感じたことがあります。

単純に普通の車がサーキットに存在するのは無理なのか?という疑問です。)

 

 

 ユイのスクールに出かけていくと、 いろんな人やいろんな車がいて、スタートラインも目的もバラバラだけど、混在していても大丈夫だし、やる気のある人にはインストラクターが各々に対する答えを持っていて、考えさせながらも間違った方向へ行かないように見守ってくれています。

もっと速くなりたい人にはそういう指導がありますし、楽しみたい人にはそういう環境でもあります。

入り口を丁寧に指導してくれて、あとは本人が求めるかどうかで得られるものが変わってきます。

スクールですが遊び場でもあるような気がします。

すごく自由。だけどみんな真剣。

安全で速い。

私も安全だけでなく、速くて安全な域に入りたい。

還暦過ぎた人から20代の若者、10代もみたことあります。

一度参加すれば、多分、いちばんやってはいけないことはしなくなります。

なぜ、一回参加すれば卒業生扱いなのか、聞いたことはありませんが、なんとなく、参加した人はそれを納得している様な気がするのは、私の気のせいかなあ?

 

 またそのうち、オーバーテイク、のことを書こうと思っています。