カメだって全速力

運転の面白さに気がついてしまったシュフの、クルマと日常とスクールでの出来事を綴ります。

運転で変わった!その2

その1からの続きです。ごめんなさい、長くて。

 

 近年、やっと少し落ち着いて趣味の時間を持てるようになってきて、殆ど誰にも言ったことなかったのですが、4年くらい前になってしまうのかな?

楽器は出来ませんが、歌うことが好きだと気づいたので、ボイストレーニングに通いました。

そこでまず、呼吸とか喉を傷めないで歌う方法の基礎の基礎を教えてもらいました。

1年位で、ヤマハのボイトレのテキストの1を終了。ほんとは2があるのですが、その時点でとりあえずやめました。(いつか続きを習ってみたい)

習ったことを使える場もあるにはあったのですが、ハマってしまうと多分、家族の都合でムリが出てくるのが当時は見えていたので、キリの良い所で諦めました。

 初歩の初歩ですが、姿勢と発声、

身体のどこに息を吸い込めるか、(背中にも入ります)

喉の開き方、身体のどこで音が響くか。

声の準備体操をするか否かでどれだけ変わるか。

結果、身体の使い方を知ることが良い歌声の出発点。

 

1番おどろいたのは、ドレミファの音階は、隣の音との差で構成されるので、その差さえ把握していれば、どの音から始めてもドレミファができる。

だからキー調整ができるんだな…知らなかった。

で、目の前でやすやすとキーを変えて音階を作って行く先生…目が点でした。

音楽とは、自由そうに見えて、実は緻密なのだと思いました。

 

 その後興味がスポーツ走行に傾いていくのですが、なかなかド素人に直球で教えてくれる場所がなかった、というのが正直な感想です。

その理由は、最近になって、いろんなことを知って、少しずつ、想像するところが出てきました。詳細は今こういうところで書けるほど、私は多くをしらないので控えます。

 

 

 今通っているスクールで、

車が動いているというのはどういうことで、

車の能力を最大限引き出すのはどういうことなのか、

という大前提を、最初に必ず説明されるのですが、イメージとして理解しなければいけないことは、言われてみれば当たり前なことなんです。

 

 ただ、それが、車という機械が優秀な技術の集合体である故なのか、コンタクトパッチがタイヤと路面しかないからなのか、人間の方がわからなくなってしまうのかな…。

私はそういう風に解釈しています。

私はそこでまず、ものすごく単純な間違いに気づき、そこから脳内のパズルの組み換えが始まりました。

組み替えるというか、元々大して組めてなかったですね(苦笑)

  ともかく、その中で、客観的に自分を見ることと、感情を抜いて、物が動く理屈で考えること、感じることを改めてやっていくことになりました。

  そうすると、感情だけで判断して、理屈を無視していたり、言葉や文章を曲解していたり、気付かない間に感情に流されている自分がみえてきます。

 

 

   同じことを他のことにも当てはめて考えていったら、

例えば、自分が持病の治療に関してどう取り組んでいたか、そのままでいいのか、

医者の意図を汲めているのか、というところで、改善点が見つかります。

 

  更には日常何かが壊れたから交換が必要という時には、

前は考える前からできないと思っていたことを、自分でやってみようと考えます。

昔はプラのはめ込み式の物がうまく外せなくてツメを折ってしまう、という様な失敗をやらかしていたのですが、手を出す前に全体をよく観察する、ただそれだけで、

あっけなく出来てしまったり、自分では無理、ということを手を出す前に判断できる。

 人間関係の中のストレスも、視点と考え方を変えれば大きなストレスにはならない。

すべて、客観的に、合理的に、一度考え直してみよう、ただそれだけです。

 

別になにもかもに冷たく冷酷にするというわけではないのであって、無用な心配や思い込み、無用なおせっかい、無用な忖度(この言葉最近知りました)を私はしていないだろうか、ということを時々考えるようにしてみたのです。

 

結果、総じて必要なことを自分で調べるようになり、できることを自分でやってみようと思えるようになりました。

以前は調べない、知らないがために、頼りたくても質問もできない状況だったのが、概要だけでも、その一部でも理解すれば、質問することもできる。

説明された内容を元に、結論は自分で出せます。納得できるし後悔しません。

ひとつの理解が次の理解を産みます。

いじけた小ささでなく、ほんとうの自分の小ささを見ることができれば、人間はかえって頑張るのかもしれません。

 

生来の諦めの悪さを、出来る限り良い方向に向けてみようと思えるようになったのかもしれません(笑)

やろうと思えばできることもある。

 

 

私は一応女性です。

男性脳、女性脳、という言葉を聞きますが、学者さん的には実は根拠がない、という記事もどこかで見たことがあります。

 

女性だからできない、やらないほうが良い、女性は女性らしく。

自分自身も心のなかで、どこかで思っていた部分があります。

今、周りの男性を見ていて、決定的に違うことは脳ではないと感じています。

 

絶対に追いつけないものは、経験と「車好き」を積み上げた時間の長さです。

車好きの皆さんが積み上げてきた、情報量、脳内の引き出しの中身を、今から私がどれだけ必死になっても、多分追いつくことはありません。

他にも「環境」が生み出す違いは挙げたら枚挙にいとまがない。

これから先は男も女も、やりたいことをやれる時代になっていくのでしょうね。

なんとか女子、なんとか男子っていうのもまあ、面白いけどね(笑)

 

腕力はどうにもならない時もあるかなあ…私はそれ以前に腰痛ですなあ泣

 

車のことをたくさん知っている人がスクールで正しいことを習ってそれを受け入れたらあっという間に2年通った私は抜かれていきます。

昨年でしたか、初参加の若い男の子が1日で、私と変わらないペースになって帰っていきました。

それって私はすごく嬉しいのです。

若い子が、それもごくふつーの車で来るんです。

車が動けば、それだけでスポーツだって、思います。また彼に会えると良いんだけどな。

(車をいじるかいじらないか、という話ではないです。裾野は広いほうが楽し。それだけ)

 

というか、もそっと速うならねば。

やろうと思えばやれるはず。